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いよいよ芸人へ「だが、情熱はある」第3話


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 「たりないふたり」の解散ライブのあと倒れた若林さんは、救急車で病院に運ばれた。若林さんの母と姉が病院に駆けつけると、プロデューサーは「お父様は?」と聞く。うわごとで「親父・・・」と若林さんが言っていたからだ。でも、父親は来ていなかった。少し前に亡くなっていたのだった。

 さて、物語は過去にさかのぼる。今回描かれるのはふたりが大学を卒業するまで。山里さんは吉本総合芸能学院(NSC)に入学。関西人でないため相方探しは少し難航するが、同期の宮崎さんとコンビ「侍パンチ」を結成。授業で渾身のネタを見せるが、講師の評価はいまひとつ。頭ひとつ抜けているヘッドリミットとの差に焦る山里さんは、宮崎さんを熱く指導してしまう。しんどくなった宮崎さんからコンビを解消して欲しいと言われ、「侍パンチ」は解散。

 その後、山里さんは講師から紹介された和男さんと「足軽エンペラー」を結成。そしてついに卒業公演。大学もNSCも卒業した山里さんは、親が話を進めていた会社には就職せず、お笑い芸人の道を進んでいた。ある日、舞台に出ようとしたときに女性とぶつかってしまう。それがのちの相方となるしずちゃんとの出会いだった。

 一方、若林さんの仕事はクレープ屋さんの端で月2回の無料で見られるライブ出演だけ。春日さんは就職活動を始めようとしていた。若林さんは潜水で競争し、自分が勝ったら就職辞めて芸人な、と言い、春日さんもそれに乗った。若林さんが必死に51メートル潜水して勝利。

 でも今の収入ではとても食べていけない。父親と将来のことでけんかし、若林さんは家を出るが、新しい家が借りられずに戻って来る。祖母に父親そっくりと言われてしまう。

 春になり、山里さんも若林さんも「芸人になりたい大学生」から「芸人」となった。今回はこれでおしまい。

 お笑い芸人として成功しているふたりのほぼ実話のドラマ。まだ売れない下積み時代の頃の話だからうつうつとしているのは分かるけれど、それにしてもどんよりし過ぎだ。考えちゃうタイプのふたりが主人公だからかな、暗めなエピソードが多いからなのかな、もっと楽しいドラマを期待していたからかななどと理由を考えてみたが、しっくりこない。彼らとほぼ同世代の私の結論としては、たぶん彼らが20代の頃と今が全然違うからではないかというところにたどり着いた。

 今だったら新卒で就職せずにお笑い芸人を目指すというのはそんなに無謀なことではないような気がする。インターネットの普及によって、フリーランスで稼ぐ人も、副業をやっている人も多くいるし、転職もふつうのことになった。でも、当時は学校を卒業したら就職するのが当たり前で、新卒で入った会社でずっと働くのが一般的だった。しかもいわゆる就職氷河期。就職しないことを選んだ不安は今とは比較にならないと思う。

 また、情報量が今では信じられないぐらい少なかった。今だったらNSCに興味があったらウェブサイトにアクセスするだけでいろんな情報が得られるし、芸人になる方法、とつぶやくだけでもアドバイスがもらえる。テレビや新聞、雑誌ぐらいしかなかった当時は、必要な情報さえ取りに行くのが難しかった。でも、山里さんが東京のNSCに入っていたら南海キャンディーズは結成されてなかったわけで、大阪のNSCに行くのは山里さんの運命だったのかも。

 このドラマで私が好きなのは、春日さんが出てくるシーン。存在だけで画面がパッと明るくなる。もし春日さんが就職していたら若林さんはどうなっていたんだろう。若林さんのそばに春日さんがいてよかった、と心から思う。

 しずちゃんも出て来たことだし、次回からはもうちょっと軽めで楽しいドラマになっているといいなあ。